私たちの住む世界を次元的に現した、その大元の概念であります。いま、地球上に住む私たち、いや宇宙上に住む、言い換えれば宇宙の中に住む私たちの世界を正しく捉えなければならないのです。

 この事を探求する学問分野は、宗教という分野であり、その中でも究極は1つしか無いのであります。複数の宗教が存在するのは、それが正しくとも枝葉であり、さもなくばよこしまであり、邪宗教と言われるゆえんであります。

 これまでの歴史上、宗教には二種類が存在する。一には神を中心とした、神道であり、二にはインド生誕の釈尊の説かれた仏教である。この二種の宗教観の違いをここに述べてみる。宗教である以上どちらも、宇宙感を捉えて教義しているのだが、ここに大きな違いがあることを知る必要があるのです。

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1) まず、神道だが、宇宙が創られたその大元は、天の神が降誕して地上を作られた、そしてあらゆる生命も神の思し召しで造られた・・・と表現する。そのため、人間はその元にあるのであり、幸福も不幸も神の思し召しである・・・と言われる。突き詰めて言えば、幸福も不幸もその原因は自分の外にあり、それは進んでいくと、神にまでいってしまうのだ。この事を全ての原因は自分の外にある、ことから 「外道」(げどう)といわれている。

2) これに対して釈尊の説かれた仏教は、全ての原因もその果報も自分の命の中に有り、それを解決するのも自分である・・ことから。これを「内道」とよぶのです。

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3) したがって内道は仏教しかないのであります。

4) 現代は科学的な進歩が大きくなっているが、その一方でいたって進歩が無く雑乱しているのが宗教界である。そのため、人間の生き方も雑乱して、人間同士の衝突や、訴訟問題やはたまた政治までもが、その道を外してしまっている様相です。

5) この分野は絶対にタブー化してはいけないのであり、人間は他の獣と違うのは、このルールに従うからなのであります。

 今回はこの分野を内道仏教から少しでも解りやすく解説して見たいと思います。