3、善と悪の基準、正と邪、慈悲と愛の違い、嘘と方便など
 
 五次元の発想は四次元の全てに関わる生命を軸としたものである。

 この生命を育み護る力は大宇宙の慈悲である。そしてそれを運行するサイクルは生命の法則により活動しているのだ。

 この働きに添った活動・行動は善であり、これに逆らった活動・行動は悪となる。
善にも小、中、大があり、悪にも小、中、大がある。

 戦争やテロ行為はその意味では大きな悪であるが、その元は価値観の違いであったり恨みや憎しみな場合が多い、人が集団を結成すると他の集団との間に軋轢(あつれき)が起き、権力や生活圏の奪い合いが、争いや戦争になる。戦争が悪いというのは誰でもわかるが、その元は思想や宗教である。道理に合った宗教や思想を選択するべきだ。

 五次元の理想を取り入れれば、自ずと道理にあった思想や宗教が解るはずだ。宗教も大きくなれば権力になる、この真理や道理から外れると地動説を唱えたガリレオ・ガリレイが処刑された悲劇を繰り返すことになる。

 正と邪 五次元で云う正とは、この理論に合っている事が正であり、これに対して邪は偽者である。偽者は常に正の真似をし、善の真似をする、そして大きくなって世の中を混乱させる事が多い。これは多くの人は気が付かなければならないのだが、その真実を掴むのも難しいものだ。

 愛と慈悲。愛とは自分の好む物、又は人に対する強い執着の表れである。人は常に好き嫌いを即座に感じ、それに対峙した時に愛せる人、愛せない人を識別するもので、嫌いになった時は憎しみに変わるのである。

「汝の敵を愛せよ」等と言われるが、なかなか出来るものでは無い。

 それに対して慈悲は次元が違うのである。慈悲は十界の中で菩薩の命の行為なのだ、抜苦与楽(苦しみを抜き楽を与える)行為でありその報酬を求めない。相手の安堵を見て満足を感じるのである。

 嘘と方便。嘘は自分を利するためにつく行為で、相手を騙す行為で悪である。
方便とは、仏が相手を導くため仮に説く説話である。大人や親が子供に話す御伽噺がそれである。真実では無いがそれにより、悪や危険から避ける事が出来る。