2、生命の状態としての十界という差別世界(冥伏という死の原理)
  
 一般的に死は忌み嫌われるものですが、生老病死の流れから云って、寿命を全うした死は一期(いちご)の生命の終わりですが、また次生への旅立ちでもあります。

 ただ、因果の累積により、その果報が次生の縁となる場所なので、人として生まれるのは大変な果報だといわれます。一期の間 どの様な生命状態を過ごしたのか?どの様な功徳を積んだのか?が、厳然と次の生の縁を結するのだと云われます。

 これは仏教の中の大乗仏教に説かれているので、それを引用します。
 
地獄界=瞋りと苦悩の絶えない境涯のこと。

餓鬼界=限りなく起こる貪欲が満たされることの無い境涯のこと

畜生界=癡かにして本能的欲望に縛られた境涯

修羅界=常に闘争を好み驕りたかぶる境涯

人間界=平静に物事を判断している境涯

天上界=永続性のない快楽の境涯

声聞界=仏により四諦を知って小乗の悟りを得る境涯
*人生の苦楽を知り、それに共鳴する演技や文学や歌、音楽に浸る境涯

縁覚界=仏なきときに十二因縁の理を観じ、また生死・季節の変化などから小乗の悟を得る境涯
*十二因縁の理とは生命の循環とその因縁の理を説いたもの。ここでは生死の姿を観じた事により、様々な時象をその元から考えられる境涯ともいえよう。 

菩薩界=自行の功徳を利他に廻らし、広く衆生を救おうと請願を立てる境涯

仏界=完全な智慧をもって一切諸法の真実の相に通脱し尊極無上の大慈悲を示す境涯

 ☆十界の中の分類的な呼び方として、地獄・餓鬼・畜生を三悪道と云い、修羅界を加えて四悪趣と言う。さらに人間・天上界を合わせて六道と言う。

 *この六道までは、安易に縁に触れて変化しやすい。

 ☆また、声聞・縁覚界を二乗と云い、菩薩界を会わせて三乗と云い、これに仏界を会わせて四聖(ししよう)と呼ぶ。

 *二乗は教養をすることで得られるが、菩薩界は親の教えや師が必要である。

  また仏界は、仏と縁を結ぶ事で、成仏の境涯を得る事が出来る。

☆十界は生命を表す基本的な姿である、十界は互具している、例えば地獄の衆生の中にも人界や菩薩界があるようなものである。

☆生の時も死後の時もこの状態は同じである。ただし、生の時は自から他の縁を選び結ぶ事により境涯を変える事ができる。

 概略だが生命(魂)の姿である。これは人だけではない、生あるもの全てに具わるものであるのだ。こういう意味では命は平等なのだ。

 誰でもが、悪から善までを合わせ持っていることになる。ただし、いま現れている生命以外はこの五次元に冥伏しているのである。